ソミトラ コーチ

 最後に、大事なことを言い忘れていたが、私のかつてのコーチ、ソミトラを訪ねた。ドイツ人のランナーだが、インドで私のコーチだった人だ。今は生徒が三、四千人いる学校の校長先生だ。3人の息子さんがいて、もう走るのはやめてしまった。髪がずいぶん薄くなっていたが、髪の薄さにかけて私に勝る者は誰もいない。ソミトラは私のことを見つめ、私もソミトラを見つめた。互いに沈黙の内に髪について語った。

 1時間半、共に時を過ごした。なんと感動的だったことか! 本当にたくさんのことが話題にのぼり、話が尽きなかった。そして一つ、最高に驚いたことがある。1958年に、写真を数枚貼った小さなアルバムをソミトラに贈呈した。彼についての歌も2曲作った。そのうちの1曲を、アシュラム長の前で運動選手200人で披露したこともある。その2曲、私の写真、そしてアルバムをずっと取っておいてくれた。私の写真とは、プロジュワルが以前、私がフルマラソンを走っている写真を彼に送っていたものだ。そのすべてを宝物のように取っておいてくれたのだった。私はアルバムと写真のことはすっかり忘れていたのだが、ソミトラは戸棚の中に鍵をかけて、一番の貴重品と共に大切に保管しておいてくれた。それを細心の注意と気遣いで持ってきてくれた。

 本当にたくさんの積もる話をし、素晴らしい喜びを分かち合った。奥さんは非常にスピリチュアルな方だ。インドにいた頃はまだ独身だったけれど。

 旧友との友情が甦った。会話の中で、

「貴方は素晴らしいコーチだったけれど、私は見込みがない生徒でしたね。」と言ったところ、

「見込みがないなんて、一度も言わなかったでしょう。全部思い込みですよ!」

「教えてくれたようには学べなかったし。」

「でもそれは見込みがないということではない。自分流ですごくよくできたではないですか。」

 ソミトラはそんな人だった。

From:Sri Chinmoy,挨拶(1〜4), Agni Press, 1981
https://ja.srichinmoylibrary.com/slt_1 より転用